研究紹介

研究の背景

21世紀の水資源

前世紀の100年間,世界の人口は3倍以上に増大し,水の使用量は7倍に増大したといわれます。

世界の年間降水量の平均は約800mm。このうち陸上にもたらされる降水に対して,しばしば「緑の水(Green Water)」,「青の水(Blue Water)」といった言葉が用いられます。

「緑の水」とは蒸発と蒸散で大気に戻る水を指し,その一部が森林,草地,天水作物などへの供給水となていることから「緑の水」と呼ばれます。世界の農地面積の約83%が天水農地であり,総農業生産高の約60%を生産していることから,農業生産の場においては,この緑の水が大きな役割を果たしています。
一方,「青の水」とは,河川,湖沼,貯水池,地下帯水層にとどまる水であり,我々が青いと認識することから「青の水」と呼ばれます。この「青の水」が地球上の淡水資源(水資源)になりますが,我々人間が利用の対象とすることのできるのは,このうちの高々31%(陸地に降る総降水量の11%)に過ぎません(最も利用しやすい河川,湖沼の水に至っては,地球上に存在する水全体のわずか0.01%に過ぎない)。しかもその過半は,すでに利用途の決まった"売約済み"の水です。まだ半分弱が残っているとはいえ,この水量は地域的に偏在しているため,すでに30ヶ国(人口にして3億人)近くが深刻な水逼迫の状況にあり,人口が100億人を突破するといわれる2050年頃になると,66ヶ国,人口にして約65億人もの人々が恒常的な水不足に悩まされるといわれています。年間の水使用量の2/3が農業用(灌漑・牧畜用)に使用されていることから,この地球規模的な「水危機」はまた食糧生産に深刻な打撃を与え,「食糧危機」となって人類の食基盤を危うくする大きな要因となります。これが21世紀が「水の世紀」「食糧の世紀」といわれる所以です。
また,更新可能な淡水資源としての河川水,湖沼水,地下水は水質汚染水質汚濁によってその量を減じ,水不足に拍車をかける結果となっています。

生活水準の向上と人口の増大に伴う水需要の増加,そして水質の劣化による更新可能な淡水資源量の減少が,水逼迫を生み,地域的な水ストレスの高まりと,地球規模的な水資源の枯渇を生む大きな要因となっています。さらに,地球の温暖化による気候変動によって降水が時間的,空間的により大きく変動して,洪水と渇水が頻発し,水資源は偏在資源としての様相をますます強めることになります。

先進諸国の中にあって食料自給率(カロリーベース:40%,穀物ベース:30%)がもっとも低位にある日本は,食料の過半を他国に依存しており,他国の農地と水によって日本人の食生活は成り立っているといえます。試算によれば,年間1,035億立方メートルの水が日本にモノとして輸入され,その99%が農産物と畜産物であり,逆に輸出は16億立方メートルで,日本は実質的に年間1,019億立方メートルという大幅な水の輸入超過状態にあると推算されています(総合地球環境研究所・沖大幹氏)。国内における年間水使用総量が約950億立方メートルであることを考えると,水もまた自給率48%という低位に甘んじていることになります。

日本の食糧安全保障は世界の水問題と直結しており,食糧の自給率向上に向けた努力はもとより,深刻化する世界の水問題を自国の問題としてとらえ問題の解決に向けて応分の貢献をなすことが求められています。水の世紀を迎え,食料と水の輸入大国・日本の責任が問われているといえます。また,近年では,わが国はもとより世界的にも,自然との調和に配慮した持続可能な水利用が叫ばれ,魚類の生息環境の確保,希少種や絶滅危惧種として指定されている動植物の保護,危機的な状況にある河川や湿地の生態的機能の回復などに配慮して生物の多様性を保全・確保しながら人間にとって必要な水を確保することが,現在及び将来の水使用のあり方についての共通の認識となっています。

以上のように,地球上の水資源は,人口の増大による水需要量の増大,地球温暖化による水資源量の過不足の拡大,水質の劣化による更新可能な淡水量の減少,自然環境の保護・保全に必要な水の確保など多くの問題を抱えています。
新たな水開発が困難であるという前提に立つとき,これらの問題に対処しより適切な水利用環境(需給関係)を整えるには,「節水型社会」の構築を図るとともに,「水理・水文的な不確実性(変動性)」を考慮して「水質(水資源質)の劣化を抑え利用可能な水資源量を維持する」,「各水利用主体が効率的かつ高度な水利用を行うという前提に立って,あるいはそのような水利用を誘発することを目的として,流域や地域に賦存する水資源量を利用主体(動植物を含む)の間に適切に配分する」という二つの命題を立て,それらが達成できるような科学的に合理性のある水資源管理のあり方を考究することが重要であると考えられます。
新たな水開発が水の需給改善を図る上で不可欠な場合には,これまでの大規模ダムを中心とした中央集権的な開発ではなく,環境への影響の少ない小規模分権的な開発によることが適切であると考えられます。わが国の農業用ため池と水田が多様な生物の生息・生育の場として重要な役割を果たすなど,それらが発揮する多面的な機能に近年大きな注目が集まっていますが,土着的,伝統的で持続可能なこのような「ため池灌漑農業」に代表される小規模分権型の水利用のあり方は,世界の水不足を緩和するための大きなヒントになると考えられます。

水資源の質と量に関する適切なマネジメント(より実際的には,それらのコントロール)は,人にとっても,また多様な生き物にとっても好ましい健全な水環境を創出するための基本であり,人が自然との共生の中で生存していく上での焦眉の課題の一つであるといえます。

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